セラミックス球-球接触の静・動的破壊特性
概要 セラミック軸受球の強度信頼性に及ぼすリングクラック発生強度についての基礎理論の構築を目指し,球-球接触による静的および動的試験を行った.リングクラックは潜在欠陥を起点とした破壊であり,リングクラック発生荷重が有効体積の影響を受けないことを明らかとした.さらに負荷速度依存性を論じるために応力拡大係数を考慮したリングクラック発生時間依存型の破壊モデルからリングクラック発生強度を推定した.その結果,時間の経過と共にリングクラック発生強度は低下し,動的特性は時間に支配されることを定量的に明らかとした.
1 緒言
セラミック軸受は軽量性,高剛性,耐摩耗性等の優れた機械的特性を有し,マシニングセンターをはじめとする各種工作機械,一般用産業機械への実用化が進んでいる.近年,航空・宇宙分野においてもその実績は徐々に上がっており,更なる高性能化・高信頼性が求められている.これまで,セラミック軸受球の性能評価は静的負荷破壊に対しては圧砕強度試験,動的負荷破壊に対しては転がり疲労試験が主に用いられてきた.しかしながら実際の製造工程では,一般的に時間のかかる転がり疲労試験では評価されず,品質管理のための圧砕強度のみが評価の対象とされている.そこで本研究では圧砕試験の初期段階で発生するリングクラックを使用中の破壊の指標として評価するために,第一段階として球-球接触試験を行い,破壊力学的観点からリングクラック発生挙動およびその強度特性について検討した.さらに負荷速度の影響について球-球衝撃試験により調査し,リングクラック発生強度特性の時間依存性について理論的モデルと実験値より論じた.
2 実験方法
2·1 供試材
供試材は,直径1/8〜5/8 inch (3.175〜15.88mm)の窒化ケイ素球を用いた.
2.2 球-球静的接触試験
球-球静的接触試験(以下,静的接触試験と呼ぶ.)はFig.1のようにインストロン製の引張・圧縮試験機を用いて上部から圧縮荷重を負荷した.この際,同一径を用いたものと,上下の球径を変化させた2通りの試験を行った.試験条件はクロスヘッド速度0.05mm/minである.リングクラック発生荷重は,AEセ ンサがき裂発生時の弾性波を検出した際に直ちに圧縮荷重を停止した荷重とした.
2.3 球-球衝撃接触試験
球-球衝撃接触試験(以下,衝撃接触試験と呼ぶ.)はFig.2に示すような落錘型衝撃試験機を用い,上部から100gの錘を落下させ衝撃荷重を負荷し,リングクラック発生時の荷重を測定した.その際,リングクラック発生荷重は許容過負荷10kNの圧電型ロードセルを用いた.
3 実験結果
3.1 リングクラック発生荷重の球径および時間依存性
Fig.3に同一径の静的接触試験における球径変化に対するリングクラック発生荷重およびFig.4に球径5/8inchに対して押し込み球径を変化させたときのリングクラック発生荷重をそれぞれ2母数ワイブル分布にて整理したものを示す.Fig.3,Fig.4より球径が増加するとともにリングクラック発生荷重は増加したが,リングクラック発生荷重のばらつきの増加は認められなかった.一般的にセラミックスは体積が増加すると欠陥量も増加するため,強度にばらつきが発生する.しかし,リングクラック発生荷重は球径増加に伴いばらつきの増加は認められなかったため,リングクラックラック発生荷重は有効体積に依存しないと推察される.さらに上下の球径を変化させた試験において,球径比が小さくなるにつれて,リングクラック発生位置が外側に移動することが明らかとなった.これは接触形状によってリングクラック発生時の球表面付近の応力場が異なるためであると考えられる.Fig5に衝撃接触試験と静的接触試験のリングクラック発生荷重を示す.衝撃接触試験のリングクラック発生荷重は静的接触試験に比べて高い値を示した.したがって,リングクラック発生荷重は時間依存型の破壊であるといえる.
4 考察
4.1 強度と欠陥寸法
リングクラック発生強度特性が如何なる要因に支配されるかを明らかにするために応力拡大係数により検討を行った.
4.1.1 き裂進展挙動
球接触におけるリングクラックの発生が最大主応力説に基づくとし,FEM解析を用いて同一径の最大主応力の方向を調査した.その結果,リングクラックは球表面に対して約60度傾いて進展することが推察される.そこでリングクラックの断面をSEM観察した.Fig.6にリングクラック断面写真とその場所における最大主応力の方向を示す.リングクラックは斜めに進展しており,き裂長さは約30μmであった.この結果は推定値とよく一致している.よってリングクラックの挙動と応力場との関係を明らかとした.
4.1.2 応力拡大係数
表面に等価な半円潜在き裂を仮定し,球表面に対して斜めに進展すると仮定する.このときの応力拡大係数KIは次式で表せる.
(1)
ここでrbは球径比ごとのき裂に沿った積分を行う際の変数bに対応する半径方向rの座標である.またσ(b)はそのときの引張応力,cは半円き裂長さ,y=b/c,f(y)は補正項である. Fig.7にそれぞれの半径方向位置rにおけるKIの最大値と球径比の関係を示す.球径比が小さくなるにつれて応力拡大係数の最大値が接触円境界から外側へずれていく.これは実験で得た結果とよく一致しており,応力拡大係数を用いてリングクラック発生位置を特定することが出来る.またこの原因は球径比ごとにき裂進展方向が異なることが考えられる.Fig.8にKIとcの関係を破壊靱性値KICを添えて示す.リングクラックはKIがKICを超えたとき発生するので,リングクラック発生に関与する初期き裂長さは球径に依存することなく約3μmであった.さらに,KIがKICを下回ったときにき裂進展は停止するので5/8inchのリングクラックのき裂長さは約30μmであると推定できる.このことは実験値と一致する.ゆえにリングクラックは欠陥依存型の破壊であるため,強度は欠陥寸法に支配される.
4.2 強度のばらつきと有効体積適用の限界
一般的にセラミックスの強度はワイブルによって最弱リンクモデル説から論じられる.これは,直列に繋がった各微小要素のすべてに一つの欠陥が存在するものと仮定しており,強度は体積の減少によって上昇することを表す.しかしながら,物理的に体積が減少するとその体積中に存在する欠陥は必ずしも一つではなく,また微小欠陥であれば存在しない可能性も十分にありうるだろう.ゆえに本研究で得られた強度のばらつきが球径に依存しない理由は,リングクラックに関与する欠陥寸法が極めて小さいため欠陥寸法が体積に依存しないからである.
4.3 リングクラック発生強度の時間依存
リングクラックは欠陥依存型の破壊であるため発生強度が初期欠陥a0からのき裂進展特性に支配されると仮定し,初期欠陥まわりの応力拡大係数を考慮することによって
(2)
として表される.ここで,Yは形状係数,Cはき裂伝ぱ係数,nはき裂伝ぱ指数である.
一方,安定き裂成長の生じない不活性雰囲気中でのリングクラック即時発生強度をσcと仮定し,き裂acまわりのKが臨界値KICに達したとき破壊するという基準を適用すればとして表される.これを式(2)に代入することによって
(3)
が得られる.さらに確率論的手法を用い,σcが2母数ワイブル分布に従うと仮定すると
(4)
を得る.したがって式(3)を式(4)に代入することによって最終的に
(5)
が得られる.ここで,有効負荷時間=tf/(1+n),潜在き裂を用いた応力拡大係数=σである.よって,破壊確率を応力拡大係数と時間の変数とみなすことができる.式(5)に各特性値C=2・10-23,n=30およびa0には粒子径2μmを与えて推定された理論線および実験値との関係をFig.9に示す.実験値は推定値とよく一致しており,またリングクラック発生荷重は負荷速度を短くすると増加し,強度のばらつきは小さくなる傾向を示した.これらの知見から球衝撃試験におけるリングクラック発生のSCG(slow crack growth)によるき裂成長距離がきわめて短いため,静的接触に比べてリングクラックに関与するき裂長さが短くなり,その結果ばらつきは減少して発生荷重は増加したものと考えられる.
4.4
5 結言
リングクラックは欠陥依存型の破壊であり,その欠陥寸法は極めて小さい.そのため,強度のばらつきは体積に依存しない.さらに,リングクラック発生時間依存型の破壊モデルからリングクラック発生強度を推定し,リングクラック発生強度が時間に支配されることを定量的に明らかとした.